『自然学』A3 #1 メリッソスの論証の批判的検討

Phys. A3 186a4-22. 今回は短め (一応 OCT の段落分けに従っている)。2章の議論よりは内在的な論点を提出している。


[186a4] 人々がこの仕方で接近するなら,存在するものどもが一つであることは不可能であるように思われるし,人々がそれらから示すのなら,論駁することは難しくない。というのも,両者は争論的に推論しているから――すなわち,パルメニデスもメリッソスも。[というのも,彼らの議論は虚偽を前提しており,また推論になっていないからである。いやむしろ,メリッソスの議論は,平俗であり,困難を有しない。むしろ奇妙な一つの事柄が与えられており,他のことどもは〔そこから〕帰結する。これは全く難しくない。] [186a10] さて,メリッソスが誤謬推論をなしていることは,明らかである。というのも,「生じるものが全て始源を持つなら,生じないものは始源を持たない」ということが受け入れられていると彼は考えているから。そして次のことも奇妙である,すなわち,全てのものに始源があるということ――時間のではなく事物の始源があり,端的な生成のみならず性質変化にも始源があるということ。あたかも,一斉に変化が生じることはないかのように。そして,何ゆえに不動なのか,もし一つであるとして?というのも,ちょうど,この部分,この水が一つであり,それ自身のうちで動いているように,何のゆえに全てのものもそうではないのか?そして,何ゆえに性質変化がないことがありうるのか?だが実際,形相の点でも一つであることは不可能である,そこからあるところのもの〔=質料〕の点で〔一つであるの〕でなければ。(この仕方で,自然学者のうちのある人々も,一つであると語っているが,あの仕方〔=「形相の点で」という仕方〕では語っていない。) というのも,人間は馬と形相の点で異なっており,反対のものも形相の点で互いと異なっているから。

訳注

訳語: ἀρχή: 始源,μεταβολή: 変化,ἀλλοίωσις: 性質変化*1

  • []内を OCT は削除する (185a9-12, dittography)。
  • a13 'εἶναι' は写本的には οἴεσθαι εἶναι (「…であると考えていることも奇妙である」) の方が優勢に見える (が,各写本の強さを知らないので何とも言えない)。

要約

  • パルメニデスもメリッソスも争論的な議論を行っている。
  • メリッソスの議論については,以下の点を誤りとして指摘できる。
    1. 「生成するものに始源があるなら,生成しないものには始源がない」と前提している,
    2. あらゆる事物や性質変化に始源があると考えている,
    3. 「一つであるものは不動であり,性質変化もしない」と考えている,
    4. 万物が形相において一つだと考えている。

内容注

メリッソスの断片は DK20 S.148ff. (邦訳,第二分冊,143頁以降) にある。Laks & Most では第V巻 (未確認)。

第一の論点について,

  • Ross は「「生じるものが全て始源を持つ」という前提から「生じないものが始源を持たない」というさらなる前提を導いている」という意味に取り,λαμβάνω が「さらなる前提」の獲得を指す事例をいくつか挙げる (p.470)。要確認。上の訳文はむしろ εἰ 節を ὅτι の中に繰り込み,前提命題が条件文であると解釈した。意味内容には大差ない。
  • SE の引証やシンプリキオスの fr. 4 はこうした誤謬推論を示すが,fr. 2 はそうではない。また実在の永遠性についてのメリッソスの信念の基盤は,この換位にはなく,むしろ fr. 1 に見いだせる (Ross)。

第二の論点について,

  • アリストテレスは,例えば水の凝結は一斉に生じ特定の始源を持たないと考えていた (Ross, cf. 236a37, 253b23)。
  • 'καὶ μὴ τοῦ χρόνου', すなわち空間的始源を問題としているという評価について,Burnet はアリストテレスによる fr. 2 の誤読と考えるが,Ross は正しい解釈だと考える。

第三の論点について,

  • 「性質変化しない」ことについて,メリッソス側の論拠は fr.7 (2) の同一性に訴える議論に見出だせる (Ross)。

なお Charlton は何故か最初の二つの論点にしか言及していないが,あるいは論証の区切り方が違うのかもしれない。彼は,第一の「生じないものに始まりがない」という主張は常識的であり,むしろ第二の誤謬のほうが致命的だ,と指摘する。これは恐らくそうだろう。

*1:cf. 'ἡ μὲν οὖν κατὰ τὸ ποιὸν κίνησις ἀλλοίωσις ἔστω' (E2, 226a26f.).