アリストテレス『自然学』A2 #1 原理の数と本性の問い

つづいて第二章。今回は導入部だけ。


[184b15] 原理は,単一であるか,または数多くであるか,であることが必然であって,もし単一であるなら,パルメニデスやメリッソスが述べているように不動であるか,自然学者たち――そのある者どもは空気が第一原理であると考え,他の者どもは水がそうであると考えているが――の〔述べる〕ように動かされるか,であることが必然である。もし数多くであるなら,限られているか,無限であるかであることが必然であり,またもし限られているが一つより多いなら,二つであるか,三つであるか,四つであるか,その他の何らかの数であることが必然であり,もし無限であるなら,デモクリトスの〔述べる〕ように,類において一つであり,形において <様々に異なっているか>,ないしは種において様々に異なっており,あるいは反対でもあるか,であることが必然である。「存在するものはどれだけあるのか」を探求する人々も,同様の仕方で探求している。というのも,存在するものがそれら第一のものからあるところのものが,一か多のいずれであるか,もし多なら,限られているか無限か,ということをこの人々は探求しており,したがって原理と要素が一か多のいずれであるかを探求しているからである。

訳注

<> は OCT の挿入: "τὸ γένος ἕν, σχήματι δὲ <διαφερούσας>, ἢ εἴδει διαφερούσας ἢ καὶ ἐναντίας." ここはまあ仕方ないのではないか。何か補わないと対立をなさない。Ross の説明 (pp.459f.) も納得できる。

訳語―― σχῆμα: 形,εἶδος: 種。ただし上記の Ross の提案を容れるなら γένος と εἶδος は実質的に同義と見なすことになる。

要約

原理の数と本性について選択肢を提示する。

  • その数は (a) 1個か,(b) 2以上の有限個か,(c) 無限個か。また各々の場合について,
    1. 不動か,可動か。
    2. 何個か。
    3. 類において一つか。

これらは現に「存在するものはどれだけあるか」という仕方で問われてきた。

内容注

具体的に想定される論者について,Ross のまとめを引き写しておく。

  • 原理を不動とするのは一元論者 (エレア派) だけ。
  • 「自然学者たち」: イオニア派。エレア派と区別するこの用例は他にもある。
  • 「ある者どもは空気が第一原理であると考え」: アナクシメネス,アポロニアのディオゲネス
  • 「他の者どもは水がそうであると考えている」: タレス,ヒッポン。
  • 「二つ」: ピュタゴラス派か。
  • 「三つ」: ピロポノスはプラトンティマイオスを挙げるが,おそらく特定の思想家はいない。
  • 「四つ」: エンペドクレス,ヒポクラテス
  • 「「存在するものはどれだけあるのか」を探求する人々」: 自然学者全体。