アリストテレス的学知の構成要素 Hintikka, "On the Ingredients of Aristotelian Science"

  • Jaakko Hintikka (1972) "On the Ingredients of Aristotelian Science". Noûs 6, 55-69.

解釈枠組みをめぐる議論の構図を再確認するよう勧められたので,その手の論文をいくつかちゃんと読むことにする。


1. プログラム

Hintikka の『分析論』解釈方針は以下の四点である。

  1. 何が論証の第一原理であるか,ということは,三段論法理論*1 (e.g. 前提における実在仮定の役割) から導かれる。
  2. 1 と符合することとして,学の始点 (starting-points) は様々な種類の定義である。
  3. 1-2 は始点に関する実際の説明とも符合する。
  4. 以上は,学の始点の獲得方法 (エパゴーゲー) に関する説明とも符合する。

本稿は主に 1, 3 に注力する。

2. Δεῖξις 対 ἀπόδειξις

アリストテレスは (時折揺らぐものの) ἀπόδειξις を学的に受け入れうる前提からの三段論法的証明に用い,他方 δεῖξις をより広義に種々の (第一の前提を含む) 真理を「示すこと (showing)」に用いる。*2 cf. Paztig, Aristotle's Theory of the Syllogism, 185 n.12. Paztig は ἀπόδειξις が時折広義に用いられると述べるが,本稿の目的とは関係がない; Barnes 1969 はこの点をひどく強調しているが,論理学著作では ἀπόδειξις は常に形式的論証と密接に結びついている。

3. アリストテレス的三段論法の構造

アリストテレスは三段論法を第一格に還元する。第一格の優先性の所以は必ずしも明らかでないが,何ほどか〈第一格がクラス包含の推移性に依拠する〉という事実によることは明白である。したがって,アリストテレス的説明とは,中項挿入によりクラス包含関係を明らかにすることでなされる。

アリストテレスの学問理論のいくつかの特徴 (e.g. 類の転移による証示の不可能性) が,ここから帰結する。

4. 不可分の結合

より重要なこととして,この三段論法モデルから,学的推論の第一の前提に関する幾つかの特徴が従う。第一の還元不能な前提は,項間の無中項の結合を主張する。

A20-22 はそうした前提が必ずあることを示す。詳細には立ち入らないが,上昇列が無限でないのは,「それらについて付帯的な事柄が述べられるところの,〈各々のもののウーシアーの内にある限りのもの〉は,無限ではないから (Hintikka: for the subjects of which the attributes are stated are no more than those which are implied in the essence of the individual ―― i.e., apparently, of the lowest subject term of the sequence ―― and these cannot be infinite in number.)」(A22, 83b26-27) と言われる。(この有限性は本質の可知性から従う。)

そうだとすると,無中項の前提命題列は最下位の主項の定義を与えることになる。「論証の原理は定義である」(B3, 90b24) と言われるのも当然である。この点は十分理解されてこなかった。以下これを「不可分の結合に関する前提」と呼ぶ。

5. 定義に由来するものとしての不可分の結合

「なぜ CaA か?」に対し C-Bk...-B2-B1-A という仕方で中項が挿入されるとき,最後の「なぜ CaBk か?」という問いには「Bk は what a C is (C のあるべき定義) だから」としか答えられない。

したがってアリストテレス的学問は強い概念的内容を含む。とはいえ,最後の答えは「Bk は〈我々が C で意味するもの〉だから」とは異なる。定義は,関連する事実の余す所ない知識の観点からなされる必要がある。

6. 共通公理

他方,三段論法理論は,もう一つの基礎的前提である共通公理の発想源ともなった。e.g. 不完全推論を完全推論に還元する仕掛け (cf. Patzig)。これらは Met. IV, 3 で「第一哲学」に属するものとして論じられる。

7. Ἄτομος 対 ἄμεσος

アリストテレス的学問の前提の一種に無中項の推論的原理であることを見てきた。他のものは推論的ではなく,後者にも無中項のものとそれ以外がある。すなわち,(i) 推論の前提は内挿を容れないとき無中項であり,(ii) 推論の前提もそれ以外も,それ以上の論証がないとき無中項である: 'ἄμεσος δὲ ἧς μὴ ἔστιν ἄλλη προτέρα' (A2, 72a8). 但しアリストテレスは両者の厳格な区別をしていない。ἄμεσος は両者に使われ,狭い意味では (ii) を強調する。*3 (i) については ἄτομος が用いられる。

用例を挙げる。まず A14-15, 79a30ff. で「第一格は ἄμεσα である」と言われる。これは (i) ではなく (ii) の意味であろう。次に A22, 84a35 で無中項の推論的前提は ἄμεσον であるのみならず ἀδιαίρετον だと言われ,後者が中項の不在を意味する。したがって: ἄτομον = ἄμεσον + ἀδιαίρετον. なお Ross 1949, p.678 による Met. 994b21 の引証は的外れである。

なお (i)-(ii) の対比は ἀπόδειξις-δεῖξις の対比とややパラレルである。

8. 類全般の前提

〈公理 ― 不可分な結合に関する前提命題〉の対比はよく見受けられるが,3つ目も劣らず重要である。主項を結合していくと,最下位の主項の要素の完全なリスト,つまり定義,が得られる。一番広い項については,それ以上の定義は得られない。これが「基礎に置かれる類」(A28, 87a38) である。したがって最上位の前提はより狭い項の分析に寄与しないが,類の定義として,当の学の対象を定める。この前提が3つ目である。すなわち「特定の学の最も一般的な前提」ないし「類全般の前提 (generic premisses)」。「無中項なる〔諸項〕の定義は,〈何であるか〉の論証不可能な措定である」(B10,*4 94a9-10) とはこのことを指す。

9. 類全般の前提がアリストテレス的学問の存在含意をもたらす

アリストテレスにとって「全ての A は B である」という論証の前提命題は「全ての A はある」を含意する (B2)。全ての前提について実在の仮定を置く必要はなく,最広項からより狭い項へと実在へのコミットメント (existential force) が下っていく。他の諸項の実在は証示されるが,定義は前提されねばならない (B10, 76a32ff.)。また実在へのコミットメントの下降は厳密な推論的論証によってなされる (B7, 92b12-15)。

類全般の前提のもつこの役割は,普遍的前提の重要性についてのアリストテレスのコメントを理解するのに必要である。もし〔この前提がなく〕不可分の結合だけが第一の前提だったなら,学の基本前提はむしろ最も特殊なものだっただろう (ある項から別の項への最小のステップに関わるという意味で)。*5

推論の前提の実在へのコミットメントの重要性は推論理論によっては十分説明できない。むしろ〈対象を欠いた学は学の名に値しない〉というプラトンにもある観念に由来すると思われる。これは「可滅的なものの学はない」(Cat. 7, 7b27ff) という主張において明瞭に機能している。

(最終段落は省略。よく分かっていない。)

10. 「名目的」定義。要約

4つ目は「名目的定義」で,これは後ほど論じる。結果,アリストテレスの意味での個別学の証明されない前提は4種である:

  1. 共通公理
  2. 類全般の前提
  3. 不可分の結合に関する前提
  4. 「名目的」定義

11. 『後書』A10, A2 における定義

アリストテレスによる「定義」という語の用法は流動的である。A10 は不可分の結合に関する前提が属性の意味を示すと述べる。だが定義であるとは言わない。ここで定義 (ὅροι) と呼ばれているのは「名目的」定義である。これは推論の前提命題である「基礎措定」と対置される。

ὅροι の規定 "οὐδὲν γὰρ εἶναι ἢ μὴ λέγεται" を多くの解釈者は実在/非実在で取るが,むしろ主張力 (assertive force)の欠如,i.e. ある命題をその対立命題以上に主張しないことと解する。A2 の ὁρισμός も同様である。

この解釈に一見反するのが A2, 72a21-24 (単位の例) であり,τὸ εἶναι μονάδα は一見実在主張に見える。だがこれも「単位のそうあること (the unit's being)」と解しうる。cf. "τὸ δὲ τί ἐστιν ἄνθρωπος καὶ τὸ εἶναι ἄνθρωπον ἄλλο" (B7, 92b10-11): これは「何であるか」と「そうあること」の対比である。

もっとも他の箇所では「定義」はより広義に使われてもいる。e.g. A10, 76a34-36.

12. アリストテレスにおける定式

(省略。10節の分類が A2 72a5-24, A10 76a31-77a4 の記述に適用されている。)

*1:'Syllogism' を「三段論法」,'syllogistic' を「三段論法的」「推論的」と訳す。

*2:証拠として A18 81a40-41, B5 91b14-15,34-35 (ἀπόδειξις 対 ἐπαγωγή),B8 92b37-38 (ἀπόδειξις 対 δεῖξις)。

*3:"In its narrowed use, it emphasizes (ii) in contrast to (i)." とあり,'narrowed use' は (i) ではないかとも思うが,直後の文脈から見て誤植ではない。「本義」ということだろう。

*4:原文の "II, 19" は誤植。

*5:この一文の意味がよくわからない。