今週読んだ本

『サンプリングって何だろう』

表題通りの啓蒙書。一章が統計学の基本,二章が社会調査,三章が生態調査を扱う。調査対象に固有の困難と対処のしかたについて述べられており面白い。二章では,負担を軽減しつつ一定の正確性を担保する層化多段抽出法という手続きが紹介され,また現在の社会調査の色々の困難についても論じられる。特にプライヴァシー意識の高まりにおそらく起因する回収率の低下が深刻であるむね述べられている。(2013年の「国民性調査」における回収率は50%で,調査不能理由の約60%が調査協力の拒否によるものであるという。) 三章では野生生物の個体数の調査が取り上げられるが,高校生物で習うリンカーン−ペテルセン推定量の有効性の幾つかの前提を洗い出し,それらが実際にはしばしば成り立たず各々対策を要するという話をしている。

『新しいヘーゲル

「近代の哲学者ヘーゲル」という一貫した視角から一筆書きにヘーゲルを描き出す入門書。ただし当の近代像が図式的にすぎる憾みはある。ともあれリーダブルではあり,特に芸術論・宗教論と学問論の関係を示す第四章はなかなか明快。もとよりこれ一冊で OK という本ではないので,ここから色々読み進めたい。

アリストテレスの説明要因 (αἰτία) の理論 Moravcsik, "Aristotle on Adequate Explanations"

  • Moravcsik, Julius M. E. (1974) "Aristotle on Adequate Explanations" Synthese 28, 3-17.

Ar. の αἰτία 論を「説明要因 (explanatory factor)」の理論と捉え,解釈の叩き台を提示している。ごく粗描的でテクスト解釈にも紙幅を割いていないのは恐らく発表媒体のゆえだろう。

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『分析論』の発展史,あるいは論証理論の項論理学からの独立性 Barnes, "Proof and the Syllogism"

  • Barnes, Jonathan "Proof and the Syllogism" in E. Berti (ed.), Aristotle on Science: The Posterior Analytics. Padua: Antenore. 17–59.

『前書』と『後書』の関係を発展史的観点から検討した論文。現在伝えられる『後書』の内容は『前書』の項論理学 (Syllogistic) を当然いくらか前提するとしつつも,その論証理論 (Apodeictic) の根幹は項論理学と独立であると論じ,論証理論 (および『後書』のプロトタイプ) の実際の成立時期も項論理学 (および『前書』) に先立つと推定する。

自分は主張の当否を云々する資格を持たないけれど,尤もらしくは聞こえる。「論証理論を項論理学の不毛さから救う」というモチベーション自体はよく理解できるし,その方向で試す価値はあるよ,という提案としては魅力的と思う。(まずは字面通りに『後書』の理論を理解するべきであることは大前提としても。)

長めの論文なので,あらすじのみごく簡単にまとめる。

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三種類の原理: 公理・定義・基礎措定 McKirahan, Principles and Proofs #3

  • McKirahan, Richard D. Principles and Proofs: Aristotle's Theory of Demostrative Science. Princeton: Princeton University Press. 36-49.

各パッセージごとに訳,訳注 (note on translation),検討 (discussion) という形式になっているので,それを反映して要約する。訳にもなるべく Mc. の解釈を反映させる。疑問点などは脚注に回す。

本章では以下の箇所が検討される: A1 71a11-17, A2 72a14-24, A10 76a31-41, b3-22, b35-77a4, A32 88b27-29.

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アリストテレスの前置詞用法のコイネー的傾向 Stevens, "Aristotle and the Koine: Notes on the Prepositions"

  • P. T. Stevens (1936) "Aristotle and the Koine: Notes on the Prepositions", CQ 30, 204-217.

アリストテレスの言語に見られるアッティカ方言とコイネーの間の過渡的性格を,前置詞の用法から明らかにする論文。具体的には (1) 前置詞の用法,および前置詞が支配する格において融合 (syncretism)*1 が生じていること,(2) 属格名詞や形容詞の代わりに前置詞を用いる迂言法 (periphrasis) の増加,(3) 副詞などの前置詞への転用,がアリストテレスの後古典期的な特徴として見られるという。


*1:これは言語学の術語であるようだ。

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